あるアイドルグループのリーダーが「私のことは嫌いになっても、グループ全体を嫌いにならないでください!」と叫び、話題になったことがあります。

シロアリにも同じことが言えます。

「家を壊すヤマトシロアリやイエシロアリのことは嫌いになっても、世の中すべてのシロアリを嫌いにならないでください!」

シロアリは世界に2,000種ほどいて、日本にはそのうち約20種います。

しかし日本の住宅を食い荒らすのは、その20種のうち4種類しかいません。

残りの大多数のシロアリは、自然の森林を保全するうえで、欠くことのできない存在なのです。
シロアリの知られざる「良い行い」と、不思議な生態を紹介します。

シロアリ経済学(日本経済にはプラス?)

シロアリの生態を紹介すると言いながら、冒頭から生態とはかけ離れた話になりますが、最初にお金の話を紹介します。
「シロアリとはどのような生き物なのか」を考える場合、シロアリがもたらす経済的な「利益と損失」を考えておかないとフェアな判断ができないからです。

新国立競技場よりもはるかに高額なシロアリ被害額

日本国内のシロアリによる住宅被害額は、年間3,800億円と言われています。
これがどれだけ大きな金額か理解できますでしょうか。建設計画で大もめにもめた、2020年東京オリンピック・パラリンピックのメーン会場、新国立競技場の建設費は2,500億円です。これを毎年1個ずつつくってもお釣りがくるぐらいの被害額なのです。
ちなみに火事による住宅の被害額は年間約1,000億円です。

シロアリの被害額がこれほど大きくなるのは、年3,800億円の中に「間接的な被害」も含まれているからです。
つまり、シロアリが自力で倒壊させて住宅の損失金額だけでなく、シロアリの被害を受けたことで家がもろくなり、そこに地震が加わって倒壊した分も含まれているのです。また、家が倒壊したときに壊された家財道具などの額も含まれています。

「シロアリ憎し」は、日本人のみならず全人類の気持ちといえるでしょう。

シロアリのプラス効果は毎年200億円?

シロアリは確かに人間に大きな経済損失をもたらすのですが、シロアリがどれほど森林保全に貢献しているかを考えると、単純に「シロアリ憎し」とは言えなくなります。

環境省が「森林の保全のコスト」について試算しています。
モンゴルに森林伐採によって砂漠化した地帯があり、日本のボランティアなどがその地帯の森林再生プロジェクトに乗り出しました。
対象となった土地は100ヘクタールで、5年で800万円かかりました。
つまり森林を維持するには100ヘクタール当たり年160万円(=800万円÷5年間)かかりました。
これを森林1ヘクタール当たりに換算すると、維持費は年1.6万円(=160万円÷100ヘクタール)/ヘクタールとなります。

さて、日本の森林面積は約2,500万ヘクタールあります。これに維持費の1ヘクタール当たり年1.6万円/ヘクタールをかけると、年約4,000億円になります。

シロアリは日本の住宅などを年3,800億円分破壊しますが、森林保全という仕事を年4,000億円分もしてくれているのです。差し引き年200億円のプラスです。
シロアリは日本経済に対し、年200億円の貢献をしているのです。

つまり日本経済にとっては、国内からシロアリを全滅させるより、国民がシロアリと共存したほうが「得」と考えることもできるのです。

もちろんシロアリが人の住む場所から出て行ってくれたらこれほど嬉しいことはありませんが、そこにはシロアリ側の事情もあるわけです。

シロアリに家を食べるつもりはなく、ただ「死んだ木」を食べているだけ

人間界に居るシロアリは、最終的には家を倒壊させるほどその骨組みを食い荒らします。なぜシロアリが家を食べるのかというと、家の材料になっている木材がシロアリの好物だからです。

シロアリは「死んだ木」が好きなのです。シロアリは森林の中でも、地面にしっかり根をおろした「生きた木」ではなく、台風や地震などで倒れた木を食べます。
それは、死んだ木にはセルロースという成分が多く含まれているからです。シロアリはセルロースを効率よく食べるために、生きた木ではなく死んだ木に群がるのです。

シロアリの餌であるセルロースとは

セルロースとは木の成分の1つで、繊維です。セルロースは糖でできているので、栄養分があります。
しかし、倒れた木や加工された住宅用木材を食べる動物は、シロアリくらいです。人はもちろん木材を食べませんし、野生の鹿ですら木を食べるのは厳冬期だけです。鹿は真冬に、ほかに食べるものがなくて仕方なく木を食べているのです。

人などの動物はセルロースを消化できないから食べない

なぜシロアリ以外の動物は、木のセルロースを食べないのでしょうか、糖でできていて栄養もあるのに。
それは、消化しづらいからです。例えば人の胃は、木を消化できません。人の小腸や大腸は、木から栄養を吸収できません。ほかの動物も同じです。
セルロースは極めて消化吸収しづらい物質なのです。

シロアリは微生物を腸に住まわせてセルロースの栄養を取り込んでいる

ではシロアリは食べたセルロースをどうやって消化しているのでしょうか。
セルロースから栄養を取り出すには、セルロースを分解する酵素「セルラーゼ」を体内に持っておかなければなりません。しかし、セルラーゼを持っているのは、バクテリアや微生物、藻類などで、シロアリは持っていません。当然、人も持っていません。

そこでシロアリは、セルラーゼを持っている微生物を腸の中に住まわせ、食べた木(セルロース)を微生物に分解させているのです。
微生物は「無料で」セルロースを食べることができますし、シロアリは微生物がセルロースを分解してつくられた栄養の一部を取り込むことができます。
シロアリは微生物と共存することで、「食べるのが難しい食べ物」セルロースを食べることに成功したのです。

究極の子孫繁栄法?

「微生物を腸の中に住まわせてまで、どうしてそんなものを食べなければならないのか」と、気味悪く感じたでしょうか。
しかしこれこそが、シロアリの生命力なのです。

シロアリは地球上に3億年前に現れました。人類が誕生したのはわずか500万年前です。
シロアリは、どの動物も嫌い、しかし栄養価が高いセルロースを主食に選んだのです。その結果、誰とも競い合うことなく食料を確保することに成功したのです。

例えばライオンはシマウマを殺さなければエネルギーを獲得することができません。命の奪い合いはものすごく労力がかかることなので、餌の獲得手段としては賢い方法とは言えません。

枯れ木を食べて自ら餌になって森林を守る

森林の中では、倒れた木や枯れた木が土に還(かえ)って次に芽生える植物の肥料になる――という営みは誰もが知っていることでしょう。

しかし、木を土の上に置いただけでは、木は土の肥料になりません。木を土の養分にするには、バクテリアに木を徹底的に分解してももらわなければなりません。

シロアリは倒れた木を食い千切ってボロボロにすることで、バクテリアが木を分解しやすい形にしているのです。また、シロアリは木の中に入っていくときに、バクテリアが付着した土を持ち込みますので、さらに分解が進みます。

まだあります。
シロアリは自然の中でより大きな動物の餌になっています。シロアリを100g食べたときのエネルギー量(キロカロリー)は、牛肉100gより高いそうです。つまり自然の中の動物たちは、シロアリを食べることで効率よく成長できるのです。
シロアリが居なかったら、森を守ることも森の動物をはぐくむこともできないのです。

シロアリに悪気はない?

シロアリの立場になって「なぜ家を食べるのか」を考えてみましょう。

長年住み慣れた森林から、突然木々がなくなりました。シロアリたちは右往左往します。しかししばらく経つと、そこに木造住宅が建ちました。
シロアリたちは「ふう、よかった。森はなくなったけど、死んだ木がたくさん戻ってきた」と安堵しながら、住宅の柱を食べ始めるわけです。

シロアリに「家を食いつぶして人間どもを困らせてやろう」といった気持ちはまったくないのです。

社会性昆虫としてのシロアリ

シロアリはゴキブリの仲間です。一方、普通に見かける、家を壊さない黒アリはハチの仲間です。
シロアリと黒アリはまったく別の種族なのです。そして同じ仲間でないどころか、天敵同士であり、シロアリと黒アリはいつも陣取り合戦を繰り広げています。

シロアリと黒アリは出身母体がまったく異なり、さらに敵対し合っているのですが、どちらも社会性昆虫という共通点があります。

女王アリがいて、働きアリがいるという家族構成が同じなのです。
それでは詳しく見ていきましょう。

女王と王がいて、女王のほうがえらい

ヤマトシロアリは1つの巣に数万匹がいます。イエシロアリになると1つの巣に数十万匹、ときに100万匹に達します。
1つの巣のシロアリは、すべてが家族で、必ず2世帯です。
巣の中の数万、数十万匹のシロアリは、すべて女王シロアリと王シロアリの子供です。
原則、孫やひ孫はいません。

黒アリの社会では、女王アリと交尾を終えたオスアリは死んでしまいますが、シロアリの世界では王シロアリは生き残ります。ただ女王シロアリが最もえらいことには変わりありません。

職蟻(しょくぎ)と兵蟻(へいぎ)

1つの巣の中のシロアリの90%以上を占めるのが職蟻という種類のシロアリです。職蟻は巣をつくり、餌を取りに行きます。つまり家を食べるのは職蟻です。職蟻はさらに、女王や子供シロアリを世話します。

兵蟻は強い顎(あご)と牙(きば)を持ち、敵を攻撃し巣を守ります。しかし兵蟻は、攻撃しかしません。食べ物は職蟻からもらいます。
兵蟻は数%しかいません。

将来の女王、ニンフ

女王シロアリは自分の王国を築きながら、同時に子孫を残すことに励みます。
王国づくりは職蟻と兵蟻にさせて、子孫を残すことはニンフと呼ばれるシロアリに任せます。
ニンフは羽アリに変化し、巣を飛び立って、自ら女王になって新たな王国をつくります。

女王はどうやって産み分けているのか

職蟻も兵蟻もニンフ(羽アリ)も、すべて女王の子供です。しかし職蟻と兵蟻とニンフは、姿かたちも役割も性質も異なります。
女王アリはどのように産み分けているのでしょうか。

実は女王アリは産み分けていません。
女王アリはまったく同じ子供しか産まないのです。
産まれてきた子供シロアリは「社会情勢」を見ながら、職蟻になったり兵蟻になったりニンフになったりするのです。

「社会情勢」とは、例えば巣が攻撃にさらされることが多くなると、子供シロアリが兵蟻になる確率が高くなるのです。
平和な時代には、職蟻になる子供シロアリが多くなり、せっせと大国の規模拡大に務めるのです。
巣にシロアリが増えすぎてこれ以上養えなくなるとニンフが増えて、独り立ちをさせるのです。

まとめ~シロアリ駆除は「生き物を殺す」こと

シロアリ被害はまたたくまに拡大し甚大になります。よって「見つけたら即殺す」という姿勢は間違っていません。しかし「殺生」をすることには違いありません。シロアリの生き物としての役割を理解しつつ、それでも自らの平穏と財産を守るために殺さなければならない、という気持ちを持って駆除に臨んではいかがでしょうか。